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上高野の自然と文化を学ぶ同史会(京都洛北上高野)
 



その5
八幡さんへお参りの道

ルート
叡電三宅八幡駅から三宅橋を渡り、三宅八幡宮まで
この道は叡電、三宅八幡駅から三宅八幡宮へ向かう参道である。

駅を降り、歩き出してすぐ、進行方向を眺めると赤い鳥居の上の部分が見えてくる。

かつてはその鳥居に向かって三宅橋は真っ直ぐに架かっていた。
橋が今のような北東の八瀬方向に斜めに架かっているのは、車が走りやすいように架け変えられたからである。

この駅から三宅橋を挟んだ辺りは昭和三十年代頃まで、様々な店があった。
 
風呂屋、魚屋、八百屋、米屋、饅頭屋、豆腐屋、雑貨屋等が何件もあり、この里の人びとの日常の暮らしを支える場所であった。

いつも多くの人が集まり、活気があった。今でもその頃の光景と店の人たちの顔が浮かんでくる程である。
鳥居をくぐって、歩いて行くと今では数えるほどになったが、昔地道であった頃、道は桜ともみじの木で囲まれていた。

店も点在し、人びとや客を乗せた馬車が行き交い、辺りには田畑が広がるのどかな光景が広がっていた。 

今は家が立ち並ぶ道になっているが、かつてここは江戸時代から明治、大正、昭和の戦前、戦後にかけて、近隣の人びとは勿論、京都、滋賀、近畿一円に及ぶ地域からの多くの参拝客で賑わった三宅八幡宮の、その参道であった。

境内には春は桜、秋には紅葉。何件もの茶店や老舗の料理屋があり、裏山は松茸狩りで賑わった。

人びとは神へ、子供達の平穏と成長、そして家族の安穏と健康を祈り、又心の安らぎ、楽しみの場を求めてこの地を訪れていたようである。

今は、初めて訪れる参拝客にとっては、神社への参道であるとは、聞かなければ分からなくなったが、毎年91415日の祭礼の日は、多くの参拝客や子供たちで神社境内はごったがえし、往時の姿を垣間見せる瞬間になっている。

先年、京都市有形民族文化財に指定された多数の奉納された絵馬を見ていると、当時の様子が生き生きと蘇ってくるのである。

時代時代で、人びとはそれぞれに問題や苦悩は抱えていたであろうが、そこに描かれている人びとと親子の素朴な姿に、現代には無くしてしまったいくつかのかけがえのないものを感じ、何故か郷愁にも似たやるせない感覚を覚えるのだが・・・



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