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上高野の自然と文化を学ぶ同史会(京都洛北上高野)
 



その3
神を迎える道

ルート
上橋を渡り、里道を抜け、御蔭神社を通って西塔橋へ
高野川は上高野の東から西に流れている。この地を、川を境に南北に分かち、川北と川南と呼んでいる。

その二つの地域を結ぶ主要な橋は東に三宅橋と西に花園橋がある。
今、これらの橋は車が主役で往来し、人はその端と隙間をぬって行き来している。

ただ一番上流の上橋だけは人が主人公の橋である。その橋を渡って川南へ入り、叡電の踏切を渡り、民家の間の狭い道を抜けて、比叡山に向かって歩く道。
車が通るのが苦しい位の狭い里道を行くと、旧の民家が立て込んでいる。

昔、この地に人が住み始めたのはこの辺りのような気がしてくる。民家と民家を結ぶ細い道が多い。

この辺りからの比叡山を借景とした田園風景は半世紀ほど前の面影を残し絶景である。
道は徐々に上りに、山方向に向かっている。暫く行くともう民家は無く山道である。

進んでいくと御蔭山を右手にとる山裾の道、左手には叡電の線路、その向こうに高野川に沿って若狭街道が走っている。

さらに行くと、右に曲がり御蔭山の山中に続いている道がある。全くの山、その先に神社などあるとは思えない程の道、案内もない、これが御蔭神社へと続く道である。

しばらく行くと、鳥居があり、左へくぐるとあとは神社への曲がりながらの一本道。昼間でも薄暗く、ひと気は無く、まさに神秘的で、これが神の降臨する場なのだと、本当のように思えてくる。

この神社では5月15日の葵祭の前、13日に前儀としてこの御蔭神社から葵祭の神霊を下鴨神社へ移す神事、御蔭祭(御生祭ともいう)が行われる。この道は祭の行列、神幸列(日本最古とされる)が通る、すなわち神を迎える道になるのである。この地の歴史の古さと重さを感じずにはいられない道である。さらに山道を八瀬方面、西塔橋へ向かって歩く。


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