上高野の自然と文化を学ぶ同史会 公式ホームページへようこそ <京都 洛北 上高野 ・ 豊かな暮らし自然歴史に育まれた地域 ・ KYOTO RAKUHOKU KAMITAKANO>
上高野の自然と文化を学ぶ同史会(京都洛北上高野)
 

山城跡(やまじろあと)

山城跡について、詳しくはこちらをご覧下さい

<探訪シリーズ第1回 上高野の山城跡を訪ねて>

レポート  同史会 会誌第1号


レポート 同史会 会誌第2号


名   称 三宅八幡城跡
(みやけはちまんしろあと)
住   所 京都市左京区上高野西明寺山・岩倉花園町
時   間 自由・休日なし
料   金 自由・駐車場 なし
ご 紹 介  
戦国時代、秋の稲が実る頃、荒くれた武士達が都からやってきて、農民を襲っては米をとるということがありました。農民達は自分達の住処(すみか)や、米・野菜などの生活品を守るため、自分達自身の身を守るための避難場所として、農民だけの城をつくっていたといわれています。

上高野と岩倉の境界線上に、双方にまたがる形で立地しています。

岩倉盆地の東山地に造られた山城で、山麓には三宅八幡宮があります。
名   称 八瀬城跡
(やせしろあと)
住   所 京都市左京区上高野西明寺山・八瀬野瀬町
時   間 自由・休日なし
料   金 自由・駐車場 なし
ご 紹 介  
上高野のと八瀬の境につくられ、旧街道(さば街道)から都に上ってくる者や、攻めてくる粗野な武士どもを見張っていたといわれます。

高野川の右岸、御蔭山城と対峙する尾根の先端に造られた小規模な山城跡です。堀切・郭・曲輪が残存しています。

ここからは、比叡山のケーブル索道が手に取るように見え、よき見晴らしです。

右の写真は、八瀬城跡付近から、遥か比叡山を望む。

名   称 御蔭山城跡
(みかげやましろあと)
住   所 京都市左京区上高野東
時   間 自由・休日なし
料   金 自由・駐車場 なし
ご 紹 介  
御蔭山の少し登った高台にあって、何か不審なことがあれば向の御蔭山城に狼煙(のろし)をあげて知らせるという、今でいう情報伝達手段を使っていたようです。八瀬から都に上る者を、いち早く発見できる場所でした。

上高野の周囲の小高い山々は、そうした見張り台としては格好な場所なのです。


他のページへ戻るには、このCLOSEボタンをクリックして下さい。




上高野の自然と文化を学ぶ同史会」事務局:京都府京都市左京区上高野
Copyright since2006 上高野の自然と文化を学ぶ同史会. All Rights Reserved.